マルタン・マルジェラ、『微生物コレクション』 ~細菌とファッションは相思相愛?~

2016.06.10 Fri

wellib54

マルタン・マルジェラが好きで好きでたまらないマルジェラ狂いの友人がいる。彼女は、筆者がかつて留学していたロンドンの美術大学で出会ったデンマーク人の同級生だ。念願叶って、マルジェラのアトリエでインターン生として働くチャンスを得たが、パリに渡って半年後、帰ってきた彼女はこう言った。「壁も机もアトリエにあるもの全部が真っ白。あまりにも白すぎて、何度も発狂しそうになったわ。しかも、みんな白衣を着て仕事してるのよ。マルジェラって人はファッションデザイナーというより、哲学者か科学者みたいだった」

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毛皮とビニールという格違いの異素材を組み合わせたり、ほつれたままの生地を使った袖も襟もない未完成のジャケット、ストッキングをつなげたブラウス、軍隊用の靴下を組み合わせたセーターや足袋型シューズなど、「洋服とはこうあるべき」という一般的な概念をことごとくひっくり返す斬新な発想で、世界にショックを与えてきたマルジェラだが、中でもセンセーショナルだったのは、オランダの微生物学者とコラボレーションした1997年発表のコレクション『9/4/1615』だろう。

アトリエを構えた1989年から1997年までに発表した自身のコレクションから白、クリーム、グレーの18着を選び、それらにさまざまな種類のバクテリアやカビや酵母菌を繁殖させ、その年の6月から8月まで自然に放置し、腐敗するプロセス、変化していく色やテクスチャーを展示してみせた。

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会場は、ロッテルダムにあるミュージアムのガラスの拝殿。そばにはバラ園と大きな池という優雅なロケーション。来場者は衣類の展示された場内に入ることはできず、ガラス越しに眺める。(a)メゾン・マルタン・マルジェラ、(b)衣類とそれらの扱い(c)バクテリアと微生物の参考文献、これら3つから成る手引書には真っ白な綿のカバーを付けて刊行された。

着ないが捨てられない洋服がある。何年もたんすの奥にしまっておくと、カビが生えていた、カビ臭くなっていたからいよいよ捨てるという経験は、誰しも一度くらいあると思うが、あえて生やそうする人はその道の研究者かマルジェラ以外に、きっといないだろう。

繁殖が終わると、最後に燃やされたインスタレーション。これを通してマルジェラが伝えたかったことは何か。作品をじっと眺めながら考えてみた。十人いれば十人が「綺麗な洋服ね」とは言わないだろうけど、朽ちていく美には独特の温度がある。先日、取材した感染管理者の方がこんなことを教えてくださった。「そもそも人間の体は細菌だらけ。皮膚にも山ほどいるし、腸など体の中の至るところに存在していて、細菌たちはうまくバランスを取って共存している。人間という生き物が成り立っているのは細菌のおかげです」

本意は分からないけれど、年を取れば人間の顔にもシワやシミができるように、時間の経過と共に細菌類の繁殖によって姿形を変えていくドレスやパンツは単なるモノではなく、生きているんだ。朽ちていくのも生きている証。だからもっと大切に取り扱うべきだ。筆者にはそんなメッセージが感じられた。

(Text:岸 由利子)